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  第八回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール審査委員の所感

 



※文化・社会部門:

 第八回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクールの審査は日中友好市民クラブと淮陰師範学院の共催の下で成功裏に終わりました。周恩来総理生誕110周年・淮陰師範学院創立50周年という記念すべき時期に今年の審査会に参加できること、大変光栄に存じます。また日中友好市民クラブ小野寺理事長、中国日本語教育研究会の先生方のご尽力のお蔭で、本コンクールは第八回まで順調に開催され、引き続き中国の日本語教育事業に貢献してくださること、心から感謝と敬意を表したいと思います。

 今年文化社会部門の審査員は小野寺理事長をはじめ、南開大学の楊棟梁先生、大連大学の宋協議先生と私の四人でした。往年同様、先輩の先生方のご指導を受けながら審査を始めました。今年の文化社会部門は応募論文9篇で、一昨年の23篇と去年の13篇に比べ非常に少ない印象をまず受けましたが、今年から在籍学生数に関らず、各大学一篇の応募とする応募要項の変更が影響したかと推測されます。

 楊棟梁先生と私が社会経済分野の審査を担当し5篇読ませていただきました。往年の審査では読むべき論文が多く、時間に追われる気持ちでしたが、修士論文に劣らない優れた卒論が何篇かあって期待も高かったわけです。しかし、今年は期待していたほどよい論文に出合えなかったことに審査員一同で残念がっていました。審査所感はほとんど問題点の指摘になってしまいますが、以下のようにまとめてみました。

1、 往年の応募論文に比べ、今年の卒論は不適切な日本語表現と書式の不備が目立っています。論文の中では句読点の間違い、話し言葉的な表現などが多く見られ、日本語の修正がなされていないように見受けます。また引用部分に注釈を入れない論文も何篇かありました。

2、 多くの論文は先行研究のまとめ、概論説明にとどまり、社会問題や経済問題を研究するための理論と分析手法が用いられていないため、独自な分析が展開できなく、論文としての独創性、オリジナリティが見られません。

3、 研究対象となる社会、経済現象を取り上げ、事実、データを羅列する論文が多いように思われます。現象と事実を論理的に掘り下げる研究分析があまり見られません。

4、 構成に欠陥があった卒論もありました。折角インタビュー調査やアンケートを行いましたが、それを参考資料として添付したのみで、さらに分析する工夫が全くなされていない論文を読んで、審査する者として大変残念に思っています。

 上記問題点について、審査員一同は応募大学で文化社会分野の卒論に対する指導力不足が表れたのではないかと考えました。その結果、今年は異例にも一等賞および二等賞に該当者なしで、「環境広告から見る日本企業の環境経営」という論文は書式が整っており、比較的論理整合性のある論文として三等賞入賞が決定されました。

 上記結果になったのは今年の応募制限による応募論文数の減少と、有力校による文化社会分野論文の推薦がなかったことと関連していると思います。今後、応募論文数と応募分野を総合的に考慮し、応募方法が改善されれば、二、三年前と同じように完成度の高い論文も増えてくるかと前向きに考えますが、研究方法と分析手法を学生に把握してもらうよう卒論指導の強化に関わっていることも認めざるをえません。現在一部の総合大学で行われている他学部との共同論文指導は大学院レベルでその効果が現されつつあり、日本語科指導力不足の問題解決につながっていますが、学部レベルにおいてもこのような共同指導が実施できればと大いに期待しております。

(丁紅衛・北京日本学研究センター・副教授)



※言語部門:

 今年の日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール審査会は、江蘇省の景勝地淮安にある淮陰師範学院で成功裡に開催されました。言語部門の審査員として参加できましたこと、誠に光栄に存じております。

 時が経つのは速く、卒業論文コンクールは既に八年目を迎えております。ふりかえってみれば、コンクールがここまで歩んでこられたのは日中友好市民クラブ小野寺健理事長、中国日本語教育研究会、事務局の天津外国語大学・南開大学、関係者の皆様よりの献身的なご努力、ご支持、ご尽力の賜物だと思います。

 八年間の「長い」歴史をたどってみれば、卒業論文コンクールは毎年のように、専門性の高い日本語学習者の育成、中国における日本語教育の指針の開示、学術の振興と向上への寄与などを目的として行われてきました。参加校もこれらのことを念頭におきながら、多々の努力を重ねてきました。したがって、卒業論文とは何か、如何に書けばよいか、どのように指導すればよいかが明確化されつつあります。これこそ、コンクールの最大の成果と言えるでしょう。

 卒業論文は学生の「作品」です。フレームワークが如何に構築されればよいのでしょうか。先行研究の論点を総括することにとどまらないで、研究目的の明確化が要求されます。また、書き写さないで、更に現象の羅列ではなく、綿密に論証したうえで、結論の一般化に向けての作業が不可欠となります。話し言葉と書き言葉の相違、先行研究のまとめ方、小見出しまでのつけ方、参考文献の書き方などについての指導が各大学で行われていると思われます。今後ともこれらのことも含めての配慮、指導が一層強まるでしょう。

 私の知るかぎりでは、日本においては、大学生の卒業論文指導は学部三年生から始まります。ゼミごとに毎週一こま設け、担当者にその時間に発表させてから、先輩後輩同士で質問しあい、意見を交換します。言うまでもなく、指導教官からのコメントも入っています。論文の完成まで、このような学習過程が大いに役立っているにちがいありません。

 今年言語部門14編の卒業論文ですが、中国人日本語学習者を明確に視野に入れている論文は2編しかありません。各地に日本語教育学専攻の先生が少ないことと関係があると思われます。日本語教育学とは何か、如何に日本語教育学の論文を書けばよいかは今後更なる検討が必要となります。

 中国における日本語教育は改革開放三十年にともない、大きく発展してきました。今後とも「倦まず弛まず」、地道な努力が要望されます。日本語教育の重要な一環としての卒業論文コンクールも大いに期待されるでしょう。来年の素晴らしい論文の応募を今から楽しみにしております。

(王婉蛍・清華大学・副教授)



※文学部門:

 呉承恩は中国の四大古典小説の一つと呼ばれる「西遊記」の作者であり、第八回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクールの審査はその呉承恩の誕生地である淮陰市で行われることとなにか縁故があるように、今回文学部で審査された六本の論文のうち、実は四本も古典研究の論文であり、しかも二等賞,三等賞の入賞論文(一等賞は該当なし)も全部古典研究関係です。文法も言語表現も現代日本語と違い、時代背景の隔たりもありまして、読解するには、倍以上の努力が必要です。にもかかわらず、なお多くの論文が敢えてそれに挑戦するには、われわれが深く考えるべき何かの事情があるのではないでしょうか。

 日本の古典に興味を持つ学生がますます増えたと考えられる以外に、また近年日本の大学で日本古典文学を専攻していた若手の学者たちが、帰国してから各大学で日本古典文学の教育に携わり、大いに活躍していることとも無関係ではありません。そういう意味で、今後中国各大学での日本古典文学の教育と研究がますます盛んになることを大いに期待できるのではないか思われます。

 一方文学部のみでなく、他の部でも見られるように審査員の公正公平な審査にもかかわらず、一部の大学に賞が度重なっていることは、これらの大学が教師陣が強く、論文指導にあたって真剣に取り組んでいるというと考えられる以外に、大学間の指導状況には大きな格差があり、論理整合性にしても、構文にしても、言語表現にしても大変工夫し、立派に指導された論文もあれば、形さえ、整っていない論文もないわけではありません。

 この格差から大学間日本語教育レベルのアンバランスの状況が如実に反映されています。いかにこの格差をなくし、中国各大学の日本語教育のレベルを全体的に向上させることを考えるべき課題で、またこれはこの論文審査の根本的な目的でもあると思います。それに因んで感想として特に述べたいことは小野寺先生のように地方の大学のレベルアップのために奔走されていることは大きな意義を持つことであり、それは単に個人的な活動に止まらず、中国日本語教育界の「扶貧」プロジェクトとして、制度化されれば、結局中国大学日本語教育レベルの全体的な向上にはつながるのではないかと強調したいことです。

(丘 鳴・北京第二外国語学院・教授)



※言語部門:

 「日中友好中国大学生日本語卒業論文コンクール」は早くも第八回を迎えました。「よくも八回も頑張ったなー」と思うと、まずは一番最初の着眼者でこのコンクールのスポンサーでもある日中友好市民クラブ理事長の小野寺健先生に敬意と感謝を評したいと思います。小野寺先生の先見卓越な発想と無私な援助なしではこのコンクールはなかっただろうと思います。今年、この発想に触発され、「第一回中国大学院生の日本語卒業論文コンクール」盛大に北京で行われました。八年前の小さな芽が大きく膨らみ、成長しています。

 今年は、日中平和友好条約締結三十周年という記念すべき年に当たります。三十年前と比べると、或いはこのコンクールが発足した八年前と比べても、国際情勢も日中関係も大きく変わりましたが、中国の若者達の中で、日本語を勉強しているものが大きく増加したのも変化のひとつであろう。このことは、「日中友好中国大学生日本語卒業論文コンクール」の有意義性をある側面から語られていると思います。

 これからも日中友好の一つのシンボルとして、この「日中友好中国大学生日本語卒業論文コンクール」が末永く続けられるよう、期待しつつ、そのために努力したいと思います。

(王健宜・南開大学・教授)



※文化・社会部門:

 この度、「第八回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール」の審査員として二度目の審査に参加し、主催者側の特定非営利活動法人日中友好市民倶楽部に心から感謝すると共に、一言所感を申し上げたいと思います。

 さて、昨年の審査員の所感では、私は「来年はさらに多くの大学の参加が見込まれるそうで、・・・日本語教育の現場で働く者として、この増加ぶりに素直に喜びを感じております。」と書きましたが、今年は応募論文の数はともかくとして、とにかくその質の低下ぶりには審査員一同が皆嘆いていることは事実でした。

 私の参加している文化・社会部門の応募論文についてですが、各校より寄せられた9篇の論文から、私を含めた審査員たちは皆何故か昨年の応募論文のような完成度の高さと学生の知識の広さなど感じられず、むしろ、えっ!そんな!というような嘆きの連続でした。最初は、これはたまたまうちの文化・社会部門のことだけかと思ったが、お隣の言語、文学部門の審査員からもほぼ同じ反応があったので、それは今年全般の出来があまり芳しくないなということが分かりました。

 今年の文化・社会部門の応募論文は環境広告、新卒フリーター、残留孤児、企業のCSR経営戦略、観光活動、集団主義、老人福祉、バブル経済、アニメなどの問題を取り上げているので、学生たちの問題意識の面では、決して昨年の論文に劣るとは言えません。

 しかし、今年の応募作品の問題と言えば、まず、基本的な語学力の欠如によるミスが多くて、言葉遣い、文法、特に「て、に、を、は」など助詞の誤用があまりにも目立っていることです。それから、書式、句読点の間違いと口語体の論文への乱用、学力不足による誤用と入力ミスによる誤字などの問題も至るところに見られることです。さらに、一番心配せねばならない問題は、引用というよりも盗作としか言えないような、明らかにネットや他人の論文からのコピーが多数存在していることです。酷いものには、急いでちりばめたからでしょうか、行間や桁数など明らかに違う段落があちこちに見えるので、コピーしてきたものは全然粉飾のための処理すらされていないものです。あるいは、ただただ先人の研究を羅列しただけのものも存在しており、レポート以下のものもあります・・・。ある意味ではこれらの問題は本当は論文以前の問題だと思います。そこで、私は学生たちの基礎学力の充実、研究能力の訓練、人間性の薫陶など、我々教師にとってさらに努力しなければならない至上命題がまだまだ山積していると感じずにはいられないのです。正直に言えば、昨年と違って下手な修士論文よりも優れている卒論どころか、言語、文学、文化・社会の三部門とも一等賞に当たる作品すらなかったという結果は、実に悲しい限りの現象で、これも審査員一同に共通する意見です。願わくは、これは、今年だけの一過性的な現象で、中国の日本語教育は各大学の先生と学生たちのご努力の下で着々と進んでいき、来年はまた昨年のような素晴らしい応募作品を審査できることを期待し、こころからそう願っております。

 以上、簡単ながら所感をまとめさせていただきました。

(宋協毅・大連大学・教授)



※文学部門:

 今回の大学日本語学科卒業論文審査に参加し、非常に寂し思いがしました。というのは、私の担当する文学関係の卒業論文が六本しかなく、語学、文化関係の卒論に比べ、少なかったからです。
 六本のうち、古典文学に関するものは、四本もあり、現代文学に関するのは、二本しかありません。それは、学生たちが日本の古典に強い関心を持っているのによるものか、指導教官のなかで日本古典文学の研究者が多いのによるものか、よく言えませんが、おそらく後者が原因になっているでしょう。面白いことに、この四本の古典文学関係の卒論の多くは、中国文学との比較を通して、日本の古典文学を議論するものです。なぜ同じ比較の方法を選んだのか、考えてみると、その原因は、一つは、中国の研究者にとって中国文学との比較がしやすく、日本の研究者と異なった見解が容易に出せるのと関係があり、一つは、中国の研究者は、日本古典文学の研究上、主体性を確立したいという思いが強くなったのではないかと思われます。研究者自身の主体性を強調するのは、もちろんいいのですが、ただ、それは学生の主体性による選択の結果なのかどうか、ちょっと考え物です。

 本数が少ないのは、量だけの問題で、日本文学を卒論のテーマに選ぶ学生が少なくなってしまったというのを物語っているのかもしれませんが、決してこの六本の卒論は、すべて質が落ちてしまったというわけではありません。むしろ、例年に比べると、例外を除いて、全体的に、卒論のレベルは、ある程度、向上したと言えましょう。

 つまり、論文の基本的な構成は、しっかりしており、杜撰なところがあまり見られず、論文らしくできております。 その上、先行研究を踏まえた論述がよく見られ、作者の閲読の範囲が今までより広くなったように感じられます。もちろん、これは、作者本人の努力だけによるものではないと思われます。指導教官の丁寧なご指導が縁の下の力持ちという役割を果たしているということは、目に見え、無視できないものです。丁寧なご指導をしてくださった諸先生に感謝しなければなりませんが、指導教官の御指導は、丁寧であればあるほどいいとは、思いません。如何に学生自身の独自の論文作成能力を高めるかは、もっと大事なことではないでしょうか。

(于栄勝・北京大学・教授)



※文化・社会部門:

 「日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール」は、中国日本語教学研究会、事務局、審査委員及び応募各大学の先生方と、学生諸君の弛まぬ努力により、お陰様で第八回を迎えるに至りました。

 そして、中国日本語教育界において、学術的コンクールの嚆矢として不動の地位を確立しつつありますが、運営や成果のフィードバックについては、改善すべきことが多々あり、関係者のご意見を、真摯に拝聴しつつ、開かれたコンクールを目指して、引き続き微力を傾注いたしますので、関係者の皆様の多大なご支援を、宜しくお願い申し上げます。

 さて、今年度のコンクールを俯瞰すれば、オリンピック開催と言う歴史的イベントにより、社会全体が浮き足立ったこともあり、例年に比べ応募論文のレベルが、著しく低下したことが、各分野審査委員の所感からも、伺われる大きな特色です。

 特に、筆者の担当した文化・社会部門の応募論文は、レベル低下が顕著であることから、その対策として、中国日本語教学研究会とも足並みを揃え、1. 文化・社会部門教員の育成、2.「日本国概況教科書」の充実、3. 卒業論文指導に関する指針の策定に取り組む所存です。

 また、「日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール」独自の改善策としては、1. 前年度受賞実績のある大学は、二篇の応募が可能、2. 日本留学経験者は、日中合わせての在学年数が、4年以下の学生であれば応募が可能 としたことで、この措置により、高度な応募論文の確保を、期したいと存じます。

 なお、卒業論文の質向上には、日本語能力が一定レベルに達することが条件ですが、論文作成に関するオリエンテーションと指導開始の時期を、可能であれば三年生の前期、遅くても三年生の後期に、前倒しで実施することが、不可欠であると思われます。

結びに、「第九回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール」に、多くの意欲的な論文応募を祈念して、擱筆致します。

(小野寺健・淮陰師範学院・客員教授)



(掲載は、所感到着順)


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