日中交流・奨学金・日本語卒業論文コンクール・経済視察団派遣・小学校建設など非営利法人として活動

日中友好市民倶楽部 TEL/FAX 0192-26-4883
日本事務局 岩手県大船渡市立根町字田ノ上33番地1

     

最新活動情報

卒業論文大会

関連リンク

TOPページへ

ご入会方法

第九回卒論大会

第九回応募状況

第八回審査員所感


H20事業報告書NEW
H20収支計算書NEW

H19事業報告書
H19収支計算書

H18事業報告書
H18収支計算書

お問い合わせ、ご意見

質問フォーム

E-mail:
SNB35138@nifty.com






 

  第九回日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール審査委員の所感



<言語部門>


「第九回日中友好中国大学生日本語専攻卒業論文コンテスト」に寄せて

第九回日中友好中国大学生日本語専攻卒業論文コンテスト」は、予定通りに行われた。これはまた今年における中国日本語教育の一大行事である。このコンテストが九年も続いた甲斐があって、各大学から推薦された論文は、いずれも体裁から見て大分整ってきたのである。初期の段階のように、一見にしてもあまりにも論文らしくないようなものはほとんど見当たらなくなった。どの論文でも、大体「問題提起」「先行研究」「本論」「参考文献」のような体裁になっていて、もっと丁寧なものは、詳細な付録や研究データまでつけているものもある。

しかし、全体から見ると、やはり言語・文学専攻に偏っていることは変わらない。今年総数37本の中に、言語コース20本、文学コース10本、文化・社会コース7本であり、言語をテーマとする(中には日本語教育も含まれる)ものは圧倒的に多い。これは、学生の中でも言語を研究するニーズが大きいのかというと、実は必ずしもそうではないようである。

いつか修剛会長も分析したように、学生の関心やニーズからいうと、むしろ文化や社会のほうに集中しているようで、このような結果が出ているのは、学生のニーズと現場の指導教官の専攻との間のずれの反映だと考えられる。ある調査によれば、学生が選んだ卒論のテーマは、言語文学35%、文化18%、社会・経済43%、その他4%であるのに対して、指導教官の出身(つまり専攻)は、言語文化82%、社会経済18%になっているのである。このような状況から見ると、今後の日本語教育、特に日本研究をテーマとする卒業論文のレベルアップから考えれば、言語文学以外の研究人材を養成するのはやはり一大急務と言わなければならない。

それから、九年も継続してきたこのコンテストのおかげで、各大学も卒業論文を重視し、ほぼ論文の体裁も整ってきたと上にも述べたが、しかし、論文テーマの設定はやはりまだ完全に解決された問題ではないようである。今回推薦された論文の中にも、まだ「通訳について」「文法とイントネーションの関係」などといった漠然としたようなテーマがあり、とても卒業論文のような形では書けないものである。それに比べて、一等賞や二等賞に選ばれた「現代日本語の特殊な二重表記に関する研究―漫画、ライトノベルを資料にして」(一等賞、北京外国語大学)、「夫婦の相互呼称に関する中日比較研究―アンケート調査に基づいて」(二等賞、大連理工大学)、「日中英の名詞句の指示表現に関しての対照研究―『指示範疇』の同定という観点から」(二等賞、北京大)などと比べると、どれが卒業論文として成り立つか、一見してもすぐ分かるだろう。

つまり、卒業論文を書くのは、最初からテーマを決めて取り掛かるのではなく、最初は問題意識に基づいて問題を見つけ、それと関連して先行研究を読み、研究対象となるデータを集め、その問題と研究テーマと向かって、研究を進め、ある程度結論が得られたところで、初めてそれにふさわしい論文のテーマを決め、最後にそれまで辿りついたプロセスを論理正しくまとめるのが論文であろう。そのようなプロセスがまだ踏まれていず、或いはそこまで指導されていない学校がまだあるというのがまた事実である。

もう一つこの場を借りて報告したいことは、このコンテストの刺激を受け、筆者が所属している北京日本学研究センターが、中国日本語教育学会、教育部大学専攻日本語指導委員会の指導の下で、カシオ上海株式会社の協力を得て、「全国日本学研究優秀修士論文コンテスト」を2008年から企画して行ったことである。この二年間、総数45大学からの参加があり(不完全統計によれば、全国において日本語学科の修士課程が開設されている大学は60数大学となっているという)、推薦された優秀修士論文は全部で74本である(2008年33本、2009年41本)。そこで選ばれた一等賞の優秀修士論文は、いずれもすばらしいものである。

2008年

言語部門:主語を修飾する形容詞の移動に関する中日対照研究(福建師範大学)

文学部門:『高野聖』の成立に関する研究―『アラビアン・ナイト』との関連性を中心に(大連外国語学院)

社会文化部門:西村茂樹の国民道徳論と儒教改良思想―近代的国民形成における道徳の役割(北京日本学研究センター)

2009年

言語部門:「する」を伴わない動名詞の動詞性について―連用格と共起可能な「動名詞+中」構文を中心に(北京日本学研究センター)

文学部門:『新選万葉集』の比較研究―和と漢と(アモイ大学)

社会文化部門:日本「価値観外交」及びその戦略意図(洛陽外国語学院)

このように、学部生の卒業論文と大学院生の修士論文のコンテストが続いていけば、きっと中国における日本学研究の優秀な人材がどんどん育っていくだろうと嬉しく思う。
今年は、大平正芳元首相が訪中30周年に当たる。1979年、中国を訪問した大平正芳首相は、中国政治協商会議の大講堂で講演されたとき、次のように述べられた。
「国と国との関係において最も大切なのは、国民の心と心の間に結ばれた強固な信頼であります。この信頼を裏打ちするものは、何よりも相互の国民の間の理解でなければなりません。……

国民の間の相互理解の増進を図る一つの有力な手段が、言語であることは、いまさら申すまでもありません。

中国における日本語の学習が中国の人々の日本の社会及び文化自体に対する幅広い関心の高まりにつながることを強く期待するものであります。

以上のような相互理解の努力を通じて、世界の平和とアジアの安定の創造に寄与する日中両国の関係をより深くより広く推し進めていくことこそ、今日、両国民に課せられた最も大きな課題であると信ずるものであります。」

大平首相が述べたことは、今でもわれわれの心に残っている。私たちが日本語教育、そして日本語教育を通して日本学研究者を育てることは、当に日本文化のよき理解者を育てることである。そのような人材が大勢成長することにより、そして日本においても中国文化のよき理解者が大勢育成されることにより、はじめて政治、経済、文化三位一体の「三輪車式」の交流ができ、中日両国がはじめて本当の意味における子々孫々の友好が実現できるのではなかろうか。

(徐一平・北京日本学研究センター・教授)


<言語部門>


日本語卒業論文コンクールが早くも第九回を迎えました。改めて日の経つのが速いことと、痛感いたします。来年、第十回になりますが、「十年一むかし」という言葉が思わず頭に浮かび、感無量です。
この十年間、中国の日進月歩と同歩に、中国の日本語教育も大きく進歩してきました。その象徴的なことは、卒業論文の全面的かつ飛躍的なレベル上昇と言えるでしょう。
このコンクールが始まる当時の中国の日本語科の卒業論文の全体のレベルは、応募論文に限って言えば、論文と言える論文は本当に珍しいほど少なかった。当時、独創性という論文の一番肝要なところはいうまでもなく、体裁や言葉の表現まで問題が多々にある論文も少なくなかった。
それは、十年後の今、独創性がなければ、いくら体裁が整っていても、表現が上手になっていても、優秀論文と選ばれることはほとんど不可能になった、という根本的な変化が起こったわけです。

この背後には、日本語教育のレベルアップを支えた種々の要素が考えられると思いますが、まずは教師を始め教育界全体の研究意識の向上と研究活動の活発が挙げられるでしょう。どの大学も、「研究」という言葉がますます重要視され、頻繁に使われるようになったわけです。と同時に、卒業論文に対する基本的認識、つまり、卒業論文とは何か、卒業論文は何のためなのか、卒業論文はどうすればいいか、などの基本的な問題に対する認識と回答は、十年前に比べれば、より明晰かつ的確になったのです。

次に、卒業論文に対する指導教官の指導の丁寧さが見えます。指導という作業がより丁寧に且つ合理的になったわけです。勿論、一部は教師の過度な関与という問題がまた新たに発生していますが、全体から見れば、教師による指導が良い方向に向かって発展していると見ています。

さらに、学生の努力が挙げることができます。記念すべき大学時代の集大成と、これからの社会生活に必ず役に立つ論理的思考回路の構築という、二つの目的のために、学生諸君の努力が完成度の高い論文の続出という形で現われていると思います。
十年来の中国の日本語教育の進歩ぶりが、この十回のコンクールに刻まれ、誇らしい足跡として鮮明且つ永遠に歴史に残るだろうと思うと、一参加者としては、この上なく光栄に思います。
                            (王健宜・南開大学・教授)


<文化・社会部門>


 文化・社会部門の審査を通じて浮かび上がった問題点と、日本語教育の課題について、愚管を呈させて頂く。

 言語・文学部門が、質量共に充実しており、指導教授の関与のあり方が問題になるのに対し、文化・社会部門においては、実質要件としての中身を問う前に、形式要件の具備にすら問題を抱えているのが現状である。

 なお、今年度の応募論文7篇については、「家文化から中日家族企業の差異を分析する」と「メディアにおけるプライバシー侵害」が同点となり、先行研究の有無と視点の新しさから、入賞論文は、「メディアにおけるプライバシー侵害」に決定されました。

 ところで、大学における日本語教育が、これまでのエリート教育から大衆教育に変貌したにも拘らず、教育の実体は、一部の先進的なエリート校を除けば、旧態依然の内容に止まっており、筆者の属する中国日本商会(日系企業の商工会議所)事務局長は、「中国の日本語教育は、日系企業の求める人材を育成していない」と苦言を述べており、些か日本語教育に関わる者として、辟易したことがある。

 そして、エリート教育の時代は、日本語学習を通じて、論理的思考回路を構築して卒業すれば、就業先の実態に応じて、新たな専門分野を身に付ける時間的余裕が与えられた。
 しかし、昨年の金融危機以後は、欧米企業が採用を手控えている中で、日系企業の好条件が注目され、日本語専攻以外の経営管理や経済学など、新たなライバルが出現しており、
好条件の大手日系企業は、これらのライバルにより、席巻されているのが、現状である。
 かくて、教育内容が希薄化している中で、実務能力の高い日本語学習者が求められており、社会のニーズと大学教育の乖離が、著しく際立っている。

 このような状況の中で、一筋の光明は、中国日本語教学研究会会長・修剛先生や中国日本語教学研究会副会長邱鳴先生が、日本経済新聞社主催「全国学生対抗円ダービー」や日経STOCKリーグの学習を、積極的に推し進め単位の認定を視野に入れるなど、時代を先取りした動きを示していることである。

 また、本年の「全国学生対抗円ダービー」では、天津外国語学院日語学院が、日本の有力校を押しのけ(昨年度の受賞校は、慶應義塾大学と神戸大学)優秀賞に輝くなど、指導と学生の意欲如何により、大きな可能性が秘められていることも実証されました。

 そこで、蟷螂の斧ではありますが、「日本及び日本語」に関心を持ち日本語教育の門を叩いた学生諸君が、社会の中枢として活躍する学習環境を提供するため、中国日本語教学研究会と足並みを揃え、友人諸氏の協力も得て、引き続き微力を傾注する所存です。
(小野寺健・淮陰師範学院・客員教授)

<言語部門>


日中友好中国大学生日本語科卒業論文コンクール開催以来、九年目を迎えております。コンクールはスタートした当時のふらつく足取りから大きく成長しました。その「成果」が現在日本語教育界に「生い茂っている」と言っても過言ではありません。

幸いなことに、審査員としてこの度のコンクールにも参加させていただきました。学生諸君の奮闘努力した成果――卒業論文を目の当たりにしまして、深い感銘を受けました。私は第一回目から今日まで根気強く続けてきた特定非営利活動法人日中友好市民倶楽部、とりわけ小野寺健理事長のご貢献、中国側日本語教育界関係各方面の方々のご尽力に敬服いたしております。

今年言語部門二十本の卒業論文が全国の大学より推薦され、書式から内容までいずれも例年に比べればレベルアップしたと考えられます。と同時に学生の卒業論文から、各大学が丁寧に指導されている様子が伺えます。卒業論文らしい論文が増加していることは、まことに喜ばしい限りであります。

今後、これまでの成果をふまえ、各大学がどのように指導されているのか、それについての交流が必要となるのではないかと思うようになりました。某大学の経験談ですが、日本語学・日本語教育についての論文指導、例えば、八時間以内に開講するようにと言いつかったら、どのように講義を展開すればよいかと言えば、やはり先行研究の読み方、論証の仕方、日本語学・日本語教育並びに第二言語習得における調査のやり方、文献の調べ方なども含めて、簡潔かつ要点のみを伝え、指導するでしょう。これからは個人・大学間の切磋琢磨が不可欠となります。

二十世紀末、我々が留学した頃、日本でよく耳にしたことは、中国からの留学生は暗記はうまいが、論文作成はどうも物足りないということでした。十年後の今日、卒業論文コンクールのおかげで、新しい局面が切り開かれました。私はこのコンクールのますますのご発展を期待し、そのご成長を願ってやみません。
                          (王婉蛍・清華大学・助教授)


<文学部門>


今回の卒業論文コンクールの文学部門の審査に参加したものとして、先ず言いたいことは、卒論を読むことは楽しいことになったということである。楽しくなったというのは、すらすら読める日本語の表現と関係があるが、新しい視点や創造的な考えや工夫した批評の仕方にもよるものである。言い換えれば、文学部門の卒論は、質的に前よりはレベルアップし、読みやすくなっただけでなく、審査員にも考えさせられるところが多くなったわけである。

卒論コンクールの文学部門の審査に九年も続けて参加したものにとっては、これはもちろん嬉しいことであり、ちゃんと皆様にお伝えしなければならないことである。しかし、その喜ぶべきことの裏に、またわれわれを悩ませることが存在している。つまり、われわれが高い評価を与えたその論文は、本当に四年間しか日本語を勉強していない学部生が書いたのだろうか、という疑問は、論文を読みながら、われわれを悩ませているわけである。

勿論、論文自体は、間違いなく、学生達が書いたのに違いないが、われわれの疑問は、そこにあるのではない。審査を受けた論文の中に、普通の学部生の日本語表現力と日本文学の批評力を遥かに超え、修士論文くらいのレベルに達した卒論もあり、それは、いったいなぜだろか、というのは、われわれの疑問なのである。われわれの日本文学教育のレベルが急速に高くなったのか、それとも天才的な学生が多く現れてきたのか、そうでなければ、先生の関与度が高くなったのであろう。もし前者でしたら、喜ぶべきである。

十年前と比べれば、今の日本文学の教育レベルは、確かに高くなった。しかし、すぐ学生の卒業論文に響いてしまうほど高くなったとは言えないであろう。

天才的な学生は、あるにはあるが、稀に出るもので、そんなに続々出てくるものではないようである。考えてみれば、やはり先生の卒論への関与と深い関係があるのであろう。無論のことであるが、先生の御指導は学部生の卒論の制作に欠かせないもので、ここ九年の卒論のレベルアップにも大きな貢献をしてきたので、感謝しなければならない。

しかし、卒論は、あくまでも学生が書くものだから、その御指導を度が過ぎないようにしていただいたほうが学生のためになるのではないかと思う。是非諸先生のもっと適切な論文指導を御願いします。
(于栄勝・北京大学・教授)


<文学部門>


時間が経つのは速いもので、中日友好中国大学生日本語卒業論文コンクールも早くも九回目を迎えてきた。この卒業論文コンクールがこれまで辿ってきた道を振り返ってみれば感無量である。何よりも応募論文の質の向上が目立つもので、その著しい変化に感ずるものが多いのである。今回のコンクールの審査においても独創性にしても論理整合性にしても印象深いものが多く、文学組の審査にあたって、特に以下の数点について感想を述べたいと思う。

まずは各大学において今日ほど卒業論文の指導を重視することはないと強く感じており、これはいうまでもなくたいへん喜ばしいことであろう。ところが、所詮卒業論文というものはあくまでも学生自身が主体で論文の作成に真剣に取り組むべきはずである。しかし残念なことに少数ながら一部の論文には指導教師が過度に関与している跡が濃厚に残っているようである。単に入賞のための論文という感じが免れなく、卒業論文コンクールの本来の目的と相反するものである。入賞することがめでたいことであるが、コンクールの参加を通して、卒業論文全体のレベルの向上を図り、しいては全国日本語専攻の大学生の日本語レベルを向上させることを常に心がけておる必要があると強く感じる。

次に今回のコンクールに寄せられた文学に関する十本の論文を見てみると、半数以上が比較の方法を用いて、論を展開させている。中国人である立場から、比較の目を通して、何か新たな発見ができるならば、それはまさに評価すべきことであろう。しかし一方それには危険性が伴わないわけでもない。例えば今回の文学組の中にも中国の作品と日本の作品が何の関連性もなく、また比較に値する要素もないのにもかかわらず、むりやりの比較も見られる。単に比較ための比較なら、なんでもかんでも比較できるかもしれないが、しかし真の比較はやはり両作品の間になにか内在的に主題なり、方法なり、比較に値するものがありまして、比較という方法を通して、作品の特質を浮き彫りにするものであろう。したがって、なにかを比較しようとすれば、まず比較しようとする作品をよく吟味し、比較の価値があるものを発見するまでに、安易に比較の方法を用いらないほうが無難であろう。

このコンクールもいよいよ十回目を迎えてくる。毎年のコンクールおいては入賞できる卒論が数本しかない、しかしある意味ではそれが座標のようにこの九年間中国日本語教育の進歩ぶりを示しているし、また逆にそれが指針のように日本語卒業論文によって反映された大学の日本語教育状況を中国の日本語教育界に発信し、あるべき方向へとリードしているとも言えるであろう。十年目のコンクールを楽しみにしている。
(丘 鳴・北京第二外国語学院・教授)

(掲載は、所感到着順)


PageTop



|  TOPページ | 倶楽部のご紹介 | お問い合わせ | 前頁に戻る |

Copyright (C)2007 NichuYuukouShiminClub All rights reserved